2014年4月1日火曜日

緩和ケア「合同」抄読会

皆様こんにちは。

前回投稿からだいぶ間が空いてしまいました。

今日から新年度ですね。

このブログも心機一転、更新していく所存です。


今回は、年明けから新たにスタートした、

“出張型” の合同抄読会について書きたいと思います。


<目的>

①他科スタッフへの緩和ケア関連トピックの情報提供
②他科スタッフとの情報交換・知識・臨床上の問題点共有
③他科スタッフとのコミュニケーションを深める
ことを念頭に置いています。


<事前準備>

・当科で論文をピックアップし、前もって当該科に論文をお渡しする
・当科担当(フェロー)が、翻訳をおこない、科として内容を吟味する
・それを元にスライド・ハンドアウトを作成

また開催日と時間、場所は、なるべく当該科のドクターが参加し易いように調整します。


<2月21日>

記念すべき第1回目は当院呼吸器内科と合同で開催しました。場所は呼吸器内科の医局。朝7時半スタート。

今回取り上げたのは、昨年EAPCに掲載された非がんの呼吸器疾患に対する緩和ケアのレビュー





最初に当科フェローが論文の流れに沿ってスライドでプレゼン、その後に全体でディスカッションをおこないました。

 今回の論文は、主にCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、ILD(間質性肺疾患)、CF(嚢胞性線維症)を対象としたもので、内容は以下のようにまとめられていました。



疾患別の予後予測モデルや、緩和ケアの概念図を交えつつ、キーとなるスライドを作成して、参加者が短時間で論文の内容を理解できるよう配慮しました。








発表後のディスカッションでは、専門科同士で意見交換を行う中で、当院の診療の現状、お互いの科内では気づき得ない問題点を共有することができました。



<所感>

あっという間の50分でしたが、非常に有意義な時間になりました。

今回は「呼吸器内科」の皆さんと「非がん」をテーマにおこないましたが、今後は様々な科とがん・非がんにこだわらない多様なトピックをテーマに、お互いの知見をシェアし合うような会へと発展させていければと思っています。

ちなみに、この抄読会、担当した当科フェローも貴重な経験になったようで、次回の準備に向けてさらに気合いが入っていました。

今年度も、横断的な緩和ケアの質の向上に向けて、ますますがんばっていきたいと思います。

(実は先月末、この第2回目を終えています。2回目も非常に印象に残る内容となっています。詳細は後ほど。)



2014年1月22日水曜日

第6回亀田総合病院緩和ケア基礎研修会

当院主催の緩和ケア研修会が今年も無事に終了しました。

当院では毎年1月の恒例行事となりつつあるこの研修会、実は全国のがん拠点病院に対して、最低でも年に一度の開催が義務づけられています。

当院の特徴として、研修会タイトルから“がん”という言葉を省いていることからもお分かりの通り、緩和ケアを、がんに限らず、全ての(緩和ケアを必要としている)患者さまにお届けすることを念頭において、幅広く参加を呼びかけています。

今年も、外科、腫瘍内科、消化器内科、乳腺科、呼吸器内科や総合診療科、在宅医療科の医師、院内外から看護師や薬剤師、理学/作業療法士の方々にご参加頂きました。

内容としては、冒頭の『緩和ケア概論』に始まり、『がん性疼痛の評価と治療』『呼吸困難』『嘔気・嘔吐』という身体症状のコントロールや『気持ちのつらさ』『せん妄』という精神症状に関する双方向性の講義あり、グループに分かれての『疼痛事例検討』『地域連携検討』あり、さらに『オピオイドを初めて処方するとき』の場面を設定したロールプレイ、難治がんの告知の場面を設定したロールプレイありと、二日間通して気の抜けない、濃いものとなっています。

準備する側としても、参加者のプロフィールや特性をみて、各セッションの目的を最大限達せられるような進行方法やグループ分け、ディスカッションの全体共有をその都度、臨機応変に行うよう心がけています。はっきり言って大変ですが、これは私たち疼痛・緩和ケア科にとっての列記とした“仕事”であって、そこにはやりがいがあります。義務だから、形だけで、やっているわけではありません。

ふだん、私たちの目の届かないところで、主治医や病棟スタッフ、そして患者様・ご家族は、様々な“痛み=トータルペイン”を抱えて困っています。

病院内、そして地域の医療者全てが基本的な緩和ケアの知識・スキルを習得することで、結果的に患者様やご家族、地域に住む方々が安心して暮らせること、治療ができること、最期を迎えられること。この基本教育を誰が主体となって行うのかと言ったら、(少なくとも当地域においては)それは我々以外にはいないわけです。

今回も、これまでの反省を活かして様々な工夫を施しました。うまくいった点、すべった点、それぞれありましたが、これからも、会を重ねる毎に進歩していけたら良いと思っています。

ご参加頂いた皆様からは、日常の診療の中で「少しでも患者様やご家族の力になりたい」という想いが感じられました。
この研修会が、その助けになったのであれば、幸いです。

参加者の皆様、ご協力頂いた全ての皆様に心から感謝いたします。ありがとうございました。











2013年12月27日金曜日

第3回マインドフルネス勉強会報告

皆様、ご無沙汰しております。2013年も残りわずかとなりました。

遅くなりましたが、今月8日に開催した第3回マインドフルネス勉強会の報告です。今回も、高野山大学の井上ウィマラ先生を講師にお迎えして講義、実習(ボディーワーク)、グループワークを含む密度の濃い勉強会となりました。院内外から多職種医療者(看護師、医師、心理療法士、リハビリ療法士、薬剤師他)約30名が参加しました。

今回のテーマは、『生まれたことの意味、自分を大切にすることと生きる力』です。
まず、最初に参加者の自己紹介、ついでマインドフルネスの概論の講義があり、その後瞑想の練習でセッションが始まりました。続いて、一粒のレーズンを数分間かけて味わい尽くすというワークを体験しました。とても不思議な体験でしたが、その体験を文章に表現し、参加者がそれぞれに自分の体験を伝え合い、その個人個人の1粒のレーズンを食べるというマインドフルな経験をシェアし合いました。参加者一人ひとり、とても個性的な経験をすることになったようです。

次に、レーズンの気持ちと題して、自分が食べられるレーズンの気持ちになりきって物語をつくるという課題に挑戦しました。“私はレーズンです”。という文章から始まるそれぞれの物語。参加者はみなそれぞれに想像力を膨らませながら、“マインドフル”にレーズンの気持ちになり話を紡ぎました。
レーズンになった自分の気持ちを表現することは、もちろん参加者にとって初めての経験です。しかしながら、直近で、一粒のレーズンを数分かけて味わい尽くす経験をしていますから、そうした状況下では、自分の中ではレーズンの存在はとても大きなものになっており、さまざまな思いが脳裏に浮かび、自分がいざ人に食べられるときにどのような気持ちになるのか、思いをめぐらしながら、
自然に頭に浮かんだイメージを数分間の短い時間に紙に書きならべておりました。。。

さて、その後はグループワークで、それぞれのレーズンの気持ちを他の参加者に順番に発表する時間です。これまた自分の内的体験を他人に披露することになり、とても気恥ずかしく感じられましたが、その気恥ずかしさことが自分自身のコアな部分に触れているからこそ得られる体験であり、その自己存在を確認している作業こそ、しっかり味わうべき作業である、との先生のお言葉に納得。皆それぞれに自分自身の物語を紡いておられ、一人として同じ物語はないことがわかりました。そして、この物語には自分が考えている”自己”が表現されていることに、一同気づきました。意外な自分を見つけた人もいれば、すでに知っている自分にふれた人も。結果的に、嫌な気分を味わったり、驚いたり、うれしかったり、などと様々な感情が湧きだしてきました。自己を知ろうとする作業には、肯定的、否定的両面の複雑な感情が入り乱れてしまい、自分の未熟さを実感してしまいます。マインドフルネス瞑想では、この揺れ動く感情をも冷静に見つめる作業を大切にし、そうしたことに一喜一憂しない大切さを学びます。

今回のこのワークは“レーズンの祈り”と呼ばれています。確かにこのワークを通じて、これは食べるという祈りにも似た経験だったと実感できました。食べるという普段何気なく行っている生活動作一つを意識して行うことで様々な深い経験が得られました。また、私たちが生きていることはどういうことなのか、私という存在はどうして今ここに生きていられるのか、といったことに思いをめぐらし、非日常のゆったりした時間が流れていました。マインドレスに日々当り前に食べている現代日本人は、一度は皆こうしたワークを経験したほうがよいと感じたのは私だけでしょうか。

午後は、誰かから自分自身にかけてもらいたい言葉をまず思い描き、その言葉を、どのような声のトーン、強弱、抑揚などで声かけしてもらいたいかを細部に至るまで自分でシュミレーションするワークから始まりました。
講師の井上先生はこのワークの目的や意図については細かくはご説明になりませんでしたが、
他人を大切にする前に、私たちが忘れていること、つまり自分を大切にすること、を実感するためのワークであったと思います。私自身もそう感じるのですが、日本人はとくに、自分をほめたり、自分にやさしくすること、とくに他人の前でそういったことを行うのは照れてしまったり気恥ずかしかったりという気持ちが全面にでやすいですね。このワークの後半では、小グループに分かれ、それぞれが自分にかけたい言葉を披露し、他のグループメンバー全員からその言葉をかけてもらうというセッションになりました。
最初は、グループのメンバー殆どが緊張してぎこちない声掛けだったりしていたのが、慣れてくると
恥ずかしさの氷も解けて、一人ひとりの表情も和やかとなり、周りの仲間から好きな言葉をかけてもらえる幸せな時間を過ごす体験をしました。他人がかけてもらいたいだろうなあ、と思う言葉を
気恥ずかしいために、普段親しい関係でも声掛けしたりしていないことが多いものです。
周りの人を思いやることを心の中で行っていたとしてもそれを実際に態度に表現しないと相手には伝わらないものです。このワークを通じて、思いや気持ちを相手に声やジェスチャーで表現することの大切さについても学べたと思います。

今回の勉強会で出された井上先生からの宿題は、グループワークで一緒になったメンバーの顔を浮かべながら、毎日、その人にために今回挙げられたいくつかの言葉の実際に唱え、離れたところから各人にメッセージを送る(祈る)というものです。なんと素晴らしい宿題でしょうか?!
私達の周りの人びとが幸せになるように、気にかけて思いをめぐらし祈ることこそ、誰にもできる
自分にとっても周りの人にとっても幸せになるための基本的な行いではないでしょうか。。。
そういった忘れかけたことを思いださせてもらえる、すばらしい時間を過ごすことができました。

以上で第3回マインドフルネス勉強会の報告を終わります。
この会にご参加してくださった皆様ありがとうございました。最後に、井上ウィマラ先生、このたびの貴重なセッションのご指導をありがとうございました。
                                                    (文責 関根)







2013年11月7日木曜日

車の運転と医療用麻薬

みなさま

今日は、ちょっと変化球の話題です。
がん患者さんの痛みに医療用麻薬(オピオイド)が処方されることも、今や日常的となり、早期からの緩和ケアが実践されるようになってきました。これによって、最近ますます切実な問題となっているのが、がん患者さんの慢性痛でオピオイドが長期的に使用されている場合に、どのような状況であっても、車の運転をしてはいけないか、という問題です。運転を趣味にしているのならまだましなほうですが、仕事や生活に車の運転が必須な人は、決して少なくありません。痛みがひどいのに、なるべくオピオイドを処方しないで様子をみることになっている理由に、もしかしたら、車の運転ができなくなってしまう、という点も絡んでいる可能性も十分あると感じています。

医学的なことを言えば、慢性痛にオピオイドが定期的に同量が使用されているのであれば、事故につながるような運転能力の著明な低下はみられない、とされており、これは、緩和ケアの代表的な教科書、Oxford Textbook of Palliative Medicine 第4版 P690 に記載されています。

上記の教科書の内容が本当なら、日本でも運転してよいか、といえばそうとはなりません。
それぞれの国の人々が作った法律の下で生きるのが法治国家の人間というものです。ですので、日本人は日本の法律を守っていきていかねばなりません。もし、その法律が理不尽だと思えば、それを変更しようと努力して、そのための世論を作るように努力をしなければならないでしょう。

現状では、どのような状況であっても、オピオイドを使用している患者さんが車の運転中に事故を起こしたら法的責任を逃れることは困難です。

自分には問題ないと思えても、事故で他人に害を及ぼす危険が少しでも上昇する可能性があるのですから、常識的に考えても、医療用麻薬の処方を受けている患者さんは運転を控えるべきと考えます。

こうした患者さんから医療用麻薬を飲んでいても、なんとか運転できるようにできないか、という質問があるので、私自身よい考えがないかどうかと、ここ数年ずっと考えてきましたが、患者さん側ではなく、生じうる被害者のリスクを考えると、現在の法律を変えることは現実的とは思えません。

いっそのこと、ここは発想を変えて、こうしたがん患者さんが無理に運転しなくても、安心して生きていける社会の在り方や仕組みをつくる努力をしていく方が建設的な対応だと思われます。

医療用麻薬のみでなく、運転能力に影響がでる可能性のある薬を慢性疾患治療のために常用している人の運転能力や事故時の法的扱いの在り方について、これからも活発な議論がなされることが望ましいと考えます。

(文責 関根)

2013年9月19日木曜日

H25年度第2回マインドフルネス勉強会報告

皆様、ブログの更新がしばらく途絶えておりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
今、夜空には仲秋の名月が輝いています。朝晩、ようやく過ごしやすくなってきましたね。

さて、今回は、先週土曜日に開催された、マインドフルネス勉強会の報告です。

高野山大学スピリチュアルケア学科 准教授井上ウィマラ先生の指導のもと、朝9時から夕方4時まで丸1日の内容の濃い研修会となりました。

今回のテーマは、『自らの家族関係を“mindful”に振り返り、気づきを得ること』でした。

最初に講義がありその後、各参加者が、自分の家系図を書く作業に入りました。
その後、グループワークとなり、各自の家系図を他の参加者に紹介するという、ちょっとなれないハラハラするような時間となりました。

なぜ、このような作業が必要なのでしょうか。私達医療者は、日頃当り前のように患者さんの家族について詳しく尋ね、そこからさまざまな情報を入手しますが、どのような気持ちで患者さんが
私達の問診にこたえてくださっているのか、などということはあまり気にしなかったりします。
自分の家系図を書くワークは、自分の家族関係を他人に紹介し、気恥ずかしさやつらさなども伴ったりする作業を経験し、患者さんが私たちの問診のときにどのような経験しているかを疑似体験できることが、その重要な目的でもあるのです。

その後、自分の家系図のなかでの重要と思っている人物を、〇や □の形の紙で切り取り、それを机やヨガマットなどのゆったりとしたスペースの上でならべて配置するというワークに入りました。
これが、家族布置(コンステレーション)という作業です。
人数は各自によって異なりますが、自分自身を含めて、10人~15人程度までの範囲を選びます。講義の中で、家族布置(family constellation)といわれても何のことがわからなかったのですが、このワークを初めて、そういうことだったのか!と理解できてきました。

自分からみて、各家族(亡くなった方も含めて)の距離を、自由に思い浮かべながら、配置していく作業は、なかなかに趣があり、心を込めるほど、さまざまな思いが浮かんできます。
亡くなった人も、心の中では常に傍にいるようなケースもあり、その場合には、自分にぴったり寄り添って配置していたり、家族布置における距離には、生死の境界を越えたところがあるのです。

あれこれ考えた末に、この配置でいいだろう、という納得の布置ができあがったら、今度は他の人の家族布置を見て回り、お互いに感想を言い合いました。それぞれの人物同士の距離がぴったり寄り添っている布置の人や、反対に、とても距離があいている人同士の配置で、時には、ヨガマットからはみ出てしまっているような配置もみられました。家族関係(への見方や理解)がいかに人によって異なっているかをこれほどよく理解できる体験はないと思えるほどでした。

午後もこのワークは続きました。
亡くなった家族を含めて布置している参加者がほとんどでしたが、その家族を思いながら、自分とその家族との距離を、少しずつ広げていく作業が次のテーマでした。その故人を思い、目の前の布置の中での距離をmindfulに離していく作業の中で、離別体験を追体験し、その人との過去における関係性や現在におけるその人へ自分自身の思いを再確認するというワークです。

とても不思議な感覚に襲われました。自分という存在は、先祖がいたからこそ、この世に生まれていることを再確認しました。また、死別した家族との親しい過去を懐かしみ、つらかった過去を振り返り、その故人のことを思い、忘れないで大切に思いつづけたい、という気持ちや、感謝の気持ちが湧きあがてきました。

続いて、その大切な故人へ手紙を書く作業に移りました。参加者それぞれに、思いを込めて、祖先への思いをつづりました。手紙を封筒にいれ、テープで封をした後、一同、病院の前に広がる
海岸の砂浜へと繰り出しました。砂浜には、事務局スタッフがすでに直径75cm?x深さ70cm?ほどのちょうどいい大きさの穴を掘ってくださっており、そこに焚火がくべられました。参加者一人ひとりが、自分の書いた手紙を入れた封筒を焚火に投げ入れます。そして一人ひとり、手を合わせて祖先や今いる家族のために祈りました。参加者すべて順番に一人ひとり思いをこめて。。。。これが井上先生が今回工夫された研修会最後の“儀式”です。

井上ウィマラ先生は、この研修会の数日前からずっと、研修でのワークで引き出されることになる、参加者それぞれの強い思いや感情の揺れをどういう形で鎮め、この研修会を安心を得た形で終結できるのか、心を砕いておられたといいます。その結果が、この“儀式”でした。
この儀式がなければ、もやもやした感情を持ったまま家に帰ることになってしまうケースも想定されましたから、井上先生のご経験、感性に裏打ちされた、大変意味のある儀式でした。

参加者の感想としては、『自分自身の家族や祖先について振り返ることができて、大変貴重な時間を過ごした』、『自分のつらい過去を思いださなくてはならず、つらかったが、その作業を経て、
今の自分をより深く理解できたことや、自分を支えてくれる家族を実感できたことは有意義だった』などという、深~いコメントが寄せられました。

遠路研修会の指導でお越しくださいました井上ウィマラ先生、ありがとうございました。
次回のマインドフルネス勉強会は12月8日に開催予定です。
ぜひ、ご参加ください!
(文責 関根)



2013年7月22日月曜日

緩和リハビリの研修会報告

今月14日に、日本ホスピス緩和ケア協会(HPCJ)http://www.hpcj.org/
の年次大会があり、『緩和ケアとリハビリテーション』の分科会のファシリテーターを担当しました。

主にホスピス・緩和ケア病棟に勤務されている医師、看護師が多数参加され、リハビリ分科会にも90名弱の参加者が全国から集まりました。

まず、作業療法士協会理事の高島千敬先生(大阪大学付属病院)からホスピス・緩和ケア病棟におけるリハビリの実施状況に関する調査の報告がありました。

我が国の大多数のホスピス・緩和ケア病棟では、リハビリが実施されているものの、まだ十分に行き渡っているとは言えない状況にあること、医師も看護師もリハビリの重要性やニードを感じていること、家族からリハビリをしてほしいというリクエストが寄せられることがよくある、という結果でした。

続いて、リハビリ療法士の現場での取り組みとして、静岡県立静岡がんセンターの作業療法士 田尻和英先生と、聖隷三方原病院の理学療法士 緒方政美先生から講義がありました。
田尻先生のお話では、
・ホスピス緩和ケア病棟では、それ以前のリハビリ既往の有無を確認することが重要であること(リハビリを継続したい患者・家族のニードを見逃さないこと)
・スタッフ同士が顔を合わせて情報共有する大切さ
・関わるスタッフがリハビリによる成功体験を積み上げること
・誰がリハビリを提供するかが重要ではなく、協力しあい患者さんのQOLを支えるようにサポートしあうことが大切であること、

などの点が印象に残りました。

緒方先生のお話では
・患者のリハビリに関する希望の優先順位を明らかにし、その意向にそったメニューを検討すること
・実施内容に関しては、患者中心のアプローチのみでなく、家族が参加できるプログラムの調整も
 
 患者ケアのみならず、家族ケアの視点から重要であること
・聖隷と亀田で共同で実施したコホート研究で、緩和ケアで行うリハビリでは、ADLが下がってもQOLは維持されたり、向上する可能性が示唆されたことなど、理路整然とお話くださいました。

後半部のグループディスカッションも大いに盛り上がりました。代表的な意見としては、

・顔を合わせた緩和ケアスタッフとリハビリスタッフの意思疎通が不十分なこと
・ただ漫然とリハビリをしているが、患者のQOLに役立っているかどうかの検討が不十分なこと
・リハビリの算定は緩和ケア病棟ではできないが、可能な医療資源のなかでリハビリをやっていくには、看護師がリハビリと協力しながら、ともにリハビリアプローチを実践していく必要があること
・リハビリ療法士には、緩和ケアとはどういうものかをもっと勉強してもらう必要あり、看護師(医師)にはリハビリテーションについて勉強してもらう必要があり、ともに教えあい、学びあう姿勢が望まれること
・リハビリ療法士からの意見としては、緩和ケアのリハビリは敷居が高いところはあるものの、非常にやりがいはあるため、今後この領域で働く療法士は今は不足しているが、今後は数も増えていく見込みがあるとこと
・施設によって提供されているリハビリの内容も量も差が大きい。しかしながら、どの施設も、緩和ケアとしてのリハビリの重要性に気づき、今後も充実させていきたいと考えていること
・骨折患者を安全に管理したいが、患者が動きたい希望がある場合のリスク管理をどうするか、
より専門的な助言が緩和ケア病棟ナースにとって必要でありこのニードにこたえてほしいとのこと

などが出されました。

当院には緩和ケア病棟はありませんが、一般病棟の中で、緩和ケア目的のリハビリテーションを
積極的に実施しております。
これからも他施設と情報共有しながら、緩和リハビリのレベルアップを図っていきたいと思います。
(関根)






2013年7月14日日曜日

緩和ケア普及のバリア(がん治療医からの視点)

みなさま、毎日暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか?しばらくバタバタしており、ブログを更新できていませんでした。

日本緩和医療学会では、オレンジバルーンプロジェクトという緩和ケアの普及、推進活動を過去数年精力的に行なってきました。しかしながら、緩和ケアの普及には、緩和ケアにまつわる否定的な思いがバリアとなり、まだ十分に普及しているとはいえない状況です。

今回は、緩和ケアにまつわる様々な思いについて、考えてみます。

まず、がん治療医からの視点(緩和ケアチームの活動をどう見ているのか)はどうなっているでしょうか。私たちはがん治療医の先生方から緩和ケアコンサルトの相談を受けて緩和ケアサポートが開始となりますから、治療医が緩和ケアにどのような思いを持っておられるか、把握しておくことは非常に大切なことです。

がん治療医が緩和ケア(チーム)に相談しようか、、、と思いながらも、ためらう場合に感じていることには、以下のようなパターンがあるでしょう。
①『緩和ケアチームに相談しましょうと、緩和のことを持ち出すと、患者さんがそんなに病気が進行していると感じて、びっくりしてしまうだろう』 これは緩和ケアを末期ケアと捉えています。
こうした考えを治療医の先生方がもたれるのも無理はありません。実際に、私たちが、患者さんのところに伺うと、拒否的な反応を示される患者さんや家族も少なくないからです。“まだそんなに病気が悪くないのに、どうして緩和ケアチームなんかがここへやってきたんだ”、といわんばかりの冷たい態度の患者さんや家族もおられます。でもそのような、患者さんや家族の心情も病状の経過などを理解すれば、十分理解できることです。緩和ケアをどう考えるかは、物の考え方(価値観)の違いとも言えることなので、とやかく議論しないようにしています。ただ、“私たちが考えている緩和ケア”は、病状に関係なく係わるものであることを、機会があるたびに説明するようにしています。

①については説明の仕方の工夫がこれから必要であることを示しています。
日本緩和医療学会では、新しい説明文を募集しています。みなさんもよいアイデアを出してみませんか?
http://www.kanwacare.net/newphrase/


②『緩和ケアチームに相談しても、何がよくなるのだろう。主治医以外の医師や看護師が係わるとかえって患者さんや家族が戸惑うのではないか。。。。』これは緩和ケア介入効果についてまだ実感を持っていただけていない、つまりは私たちの力不足そのものです。数年前に、海外の一流雑誌でに発表されたのですが、米国の有名病院で、進行がんの患者さんに緩和ケア介入を行なった群と行なわなかった群で、生活の質や抑うつ状態を比較した臨床研究が行なわれ、緩和ケア介入群に軍配が上がる素晴らしい成果を示しました。まだまだ時間はかかりますが、日本でも同じような成果を積み上げれば、このバリアも克服できるでしょう。

③『緩和ケアチームに紹介したら、治療方針などに関して干渉されたりしないか。』
主治医チームとは別なチームが介入すると、主治医は治療方針の主導権を奪われるのではないか、と恐れてしまい、緩和ケアチームへ相談してもらえないケースも結構あると私自身は感じています。この懸念に関しては、全く心配ありません、と自信をもってお答えできます。
なぜなら、私たちは主治医チームのニードにそった介入を目指すからです。
最近では依頼を頂いた際に、どのような関わりや介入をご希望でしょうか?と依頼の意図をより具体的に把握するように努めています。
日本にはコンサルテーションの文化はまだ十分に根付いているとはいえない状況ですが、
守るべきルールがあり、コンサルテーションエチケットなどと呼ばれています。先月の日本緩和医療学会では、緩和ケアチームの手引きなる冊子を参加者全員に配布していました。一般公開されたら、こちらにも紹介したいと思います。

このテーマを次回以降も折にふれて扱っていきたいと思います。
(関根)